要件事実データベース

所有権に基づく所有権移転登記手続請求(短期取得時効)

ダイアグラム

要件本件不動産についてある時点における占有
要件本件不動産について10年経過時点における占有
要件占有開始時点における自己の所有と信じるにつき無過失
要件時効の援用
要件本件不動産について相手方の所有権移転登記の存在

参考文献:司法研修所編「新問題研究要件事実」96頁、岡口基一「要件事実マニュアル1第5版」288頁

関連条文: 民法第162条第2項

民法 第162条 (所有権の取得時効)

二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。

2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

ブロック:「所有権に基づく所有権移転登記手続請求(短期取得時効)」について

想定事例と訴訟物
Xが、Yの所有する土地を10年間占有して短期取得時効が完成し、Yに対して本件土地について自己への所有権移転登記を求める事例を想定。
この場合、Xは、所有権に対する占有以外の方法による妨害の除去を求めることになるので、本ブロックを裁判で請求する場合の訴訟物は「所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権」となる。(参考文献:司法研修所編「新問題研究要件事実」98頁)
真正な登記名義の回復
他の想定事例として、XがAの所有する土地を10年間占有して短期取得時効が完成した後、AがYに対して本件土地を譲渡して所有権移転登記した事例の場合、
①YとAを共同被告として、Yに対しては所有権移転登記抹消を、Aに対しては自己への所有権移転登記を求めるのが原則だが、
②Yのみを単独被告として、真正な登記名義の回復を原因とするYからXへの所有権移転登記請求をすることもできる。
(参考文献:岡口基一「要件事実マニュアル1第5版」288頁、司法研修所編「改訂紛争類型別の要件事実」82頁)
暫定真実
民法186条1項は『占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。』と規定している。したがって占有の事実が主張・立証されれば、民法162条1項の要件のうち「所有の意思」および「平穏、かつ、公然」、ならびに民法162条2項の要件のうち「善意」に該当する事実を積極的に主張・立証する必要はないことになり、所有の意思の不存在(他主占有権原)所有の意思の不存在(他主占有事情)平穏な占有ではないこと公然の占有ではないこと占有開始時の悪意が権利発生の障害要件として抗弁となる。(司法研修所編「新問題研究要件事実」100頁)
「民法186条1項のような規定は暫定真実といわれています。暫定真実とは、条文の表現上はある法律効果の発生要件であるように見えるものであっても、実は、その不存在が法律効果の発生障害要件となることを示す一つの立法技術であり、ただし書に読み替えることができるものです。」(司法研修所編「新問題研究要件事実」100頁) 
「他人の物」
民法162条2項は「他人の物を占有」したことを要件としているが、以下の判例によって取得時効の対象物は自己の所有物であってもよいとされている。したがって、「他人の物を占有」したことは短期取得時効の効果発生を根拠づける要件とならない。(司法研修所編「新問題研究要件事実」101頁)
「 所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法一六二条の適用が あるものと解すべきである。けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有すると いう事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、 所有権に基づいて不動産を永く占有する者であつても、その登記を経由していない 等のために所有権取得の立証が困難であつたり、または所有権の取得を第三者に対 抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると 解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法一六二条が時 効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取 得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自 己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。」((最二小判昭和42年7月21日民集21巻6号1643頁:裁判所裁判例検索

要件:「本件不動産についてある時点における占有」について

法律上の事実推定
民法186条2項は『前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。』と規定している。したがって、取得時効の効果を主張する者は、土地を10年間継続して占有していたことを主張・立証する必要はなく、①占有開始時と②10年経過時の2つの時点の占有を主張・立証することで足り、①②2つの時点の間に占有をしていない時点があることが権利発生の障害要件として、取得時効の効果を争う者が主張・立証すべき事実となる。(司法研修所編「新問題研究要件事実」101頁)
なお、占有の中止等による取得時効の中断も参照。
「法が、一定の法律効果の発生の立証を容易にする目的で、甲事実があるときはその法律効果を発生させる法律要件に該当する乙事実があると推定する旨の規定を設けている場合を、法律上の事実推定といいます。」

要件:「本件不動産について10年経過時点における占有」について

要件:「占有開始時点における自己の所有と信じるにつき無過失」について

裁判例
「 民法一六二条二項にいう占有者の善意・無過失と は、自己に所有権があるものと信じ、かつ、そのように信じるにつき過失がないことをいい、占有の目的物件に対し抵当権が設定されていること、さらには、その設 定登記も経由されていることを知り、または、不注意により知らなかつたような場合でも、ここにいう善意・無過失の占有というを妨げないものと解すべきである。 」(最三小判昭和43年12月24日:裁判所裁判例検索

要件:「時効の援用」について

時効の援用の法的性質
 「時効の援用の法的性質及び効果については、見解が分かれていますが、最高裁判決には民法145条及び146条は、時効による権利消滅の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしていることが明らかであるから、時効による債権消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当であるとして、不確定効果説のうち停止条件説をとることを明らかにしたとされるものがあります」(司法研修所編「新問題研究要件事実」26頁)
「この説に立てば、時効の援用は……時効取得の実体法上の要件ということになります。そして、この援用は、時効によって不利益を受ける者に対する実体法上の意思表示です。」(司法研修所編「新問題研究要件事実」102頁)
裁判例
「時効による 債権消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が 援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当」(最二小判昭和61年3月17日民集40巻2号420頁:裁判所裁判例検索

要件:「本件不動産について相手方の所有権移転登記の存在」について

妨害の存在
物権的登記請求権(妨害排除請求権)の行使のためには、現在時点における妨害の存在が必要である(なお、妨害の時的要素について所有権に基づく土地明渡請求 も参照)。
現在時点における妨害の存在として相手方名義の所有権移転登記が存在することを主張・立証する必要がある。
(参考文献:司法研修所編「新問題研究要件事実」104頁、90頁、63頁)